プリパラは終わらない、と言われて久しい。
大人気アニメ「プリパラ」は、2018年3月にシリーズ後継である「キラッと☆プリチャン(以下プリチャン)」にバトンを渡す形で放映を終了した。
しかし、アニメ終了後もコンテンツは続いた。プリチャンとの合同ライブ、出続けるグッズ、復刻する筐体。2019年2月からはプリパラの単独ライブツアーである「Pripara Friendship Tour 2019 プロミス!リズム!パラダイス!」が開催された。
多数の新曲に対しファンは言葉を失い、歓喜にも呪詛にも思える呻き声を上げていたことは記憶に新しい。
勢いは衰えず、むしろ新しい世界を魅せ続けるプリパラに対し、ファンは自然とこう呟くようになっていた。
「プリパラは終わらない」
その後も快進撃は続く。コラボカフェが開かれ、2019年冬のライブでは北条コスモが新曲を披露する。その一曲に「どんなキャラにも新曲のチャンスはある」とファンは希望を抱いた。
ただの一曲だったかもしれない。しかし、その一曲に、我々は確かな "未来" を視た。
そんな快進撃も、思わぬ形で待ったが入ることになる。コロナウィルスの流行である。
予定していたWITH、NonSugarの単独ライブは自粛となった。キャストは悔しさをにじませ、ファンは涙を流し、涙は梅雨を運んできた。
Make it! を口ずさみ、ファンは降る雨を眺め続けた。
そんな中、プリチャンに続き無観客生配信「Pripara Friendship 2020 パラダイストレイン!(以下パラダイストレイン)」が開催された。
結論から言えば、パラダイストレインは ”配信” であることを逆手に取った紛れもない新たなコンテンツだった。そこには ”ライブ” では表現しきれない、新たな可能性が確かに存在した。
ライブは正面から観るものである。そんな固定観念は捨て去れと言わんばかりに、ライブは真上からのカメラでスタートした。キャストの表情は見えない。ステージ上にいるキャストも殆ど映っていない。しかし、そこに確かに「プリパラ」はあった。
チーム結成式。3人で腕を交差させ、トモチケを交換する儀式。らぁら、みれぃ、そふぃの3人が空に微笑むその姿は、このコロナ禍の中でなお「空見て、笑って」と訴えかけてくるかのように思えた。それは、正面の姿を観る現実のライブでは決してありえない、新しい演出だった。
手持ちのカメラが、ドローンがアイドルを追う。ライブを映すだけでない、カメラが動くことを前提として練り上げられた演出。
画面外から現れるアイドル。ステージ全体を映せない、映さないことを逆手に取ったパフォーマンス。ドロシーの指差した先、シオンが現れる。ドレッシングパフェが歌い、カメラが引いた先からソラミスマイルが登場する。無観客だからこそ出来る、CGライブのような演出に、「ライブができないから配信になるのは仕方ない」という考えは消し飛んだ。MVを見ているかのような爽快感が、多幸感が体内を駆け巡る。今までのどのライブよりも「プリパラ」がそこにはあった。
「ホワット・ア・ワンダプリ・ワールド」でスタートしたことも偶然ではないだろう。
この曲は紫京院ひびきが「新しいプリパラ」という理想を実現させるための第一歩であり、革命の曲である(作中では「かつてのプリパラを取り戻す」という文脈で使われていたが)。敗北はしたものの、そこには確かに「素晴らしい世界を作る」という信念が存在した。
パラダイストレインには信念があった。リアルライブが出来ないのであれば、普段は出来ないことをやろう。カメラに映らないエリアが存在するのであれば、「映さない」ことで別の演出が出来るのではないか。
結成式の再現、アニメのようなカメラワーク。未だ神の座を目指し続けるライバルから、神を掴み取ったチームへのバトンタッチ。そのどれもが、現実のライブでは表現しきれない感動があった。地下に追いやられ、それでも翼を手に入れたみれぃのような「だからこそ」の衝撃があった。それは、ライブが出来ないから仕方なく配信で行うという妥協では決してない。
それ故に、「ホワット・ア・ワンダプリ・ワールド」は一曲目に歌われたのだろう。困難に挫けず、むしろ配信だからこそできる「素晴らしきプリパラの世界」を見せる――そんな強いメッセージが、そこには込められていた。
プリパラは終わらない。しかし、それは延命などでは決してない。
進化を続け、困難を超え、翼に変えて羽ばたくーーそんな、プリパラという作品の真髄が、パラダイストレインには、確かに存在した。