「女性問題」と言えば何かと騒ぎになります。
グルメ王の下はファストフード大好きだったり、釣り人がフィッシュされてしまったりとなかなか話題に事欠きません。
今回の記事は、遊戯王OCGの前身・通称「バンダイ版」の環境その他諸々が、一人の女性により破壊されていった、その顛末についてのお話です。
そもそも「バンダイ版」とは、かつてカードダスで発売されていたカードゲームのことを指します。
そのシンプルなゲーム性は手軽に遊べると評価が高く、未だに一部のレアカードは高額で取引がされています。
遊戯王OCGと異なり、バンダイ版にはモンスター・魔法・罠の他に人物のカードが存在します。
人物カードは非常に強力な効果を持つものが多く、いかに上手く人物カードを使えるかが勝利に直結すると言っても過言ではありません。
例えば主人公・「武藤遊戯」であれば、戦闘敗北時に3ドローする効果を持っています。この強さは言うまでもないですね。
ヒロインの「真崎杏子」は墓地のカードに戦闘を代替させる能力「優しさ」を持っています。
これにより相手に一方的に勝てるモンスターを特殊召喚したり、先述した「武藤遊戯」を再利用しドローを加速するなど非常に使い勝手の良い効果を持っています。
このおっぱいをアピールしている子が今回の主役です。
バンダイ版のルールですが、基本的な部分はカードに記載されております。
- ①:友達と同じ枚数のカードを用意し山札にする。
- ②:自分の山札の上から5枚を引いて、手札にする。
- ③:手札の中から1枚を選び、同時に出して戦闘開始。
- ④:戦闘では、自分の攻撃力と敵の守備力を比べる。
- ⑤:攻撃力のほうが高い場合は、敵のカードを倒せる。
- ⑥:敵を倒しても、守備力が敵の攻撃力より低いと自分も倒れる。
- ⑦:戦闘終了後、山札からカードを1枚引き手札に加える。
- ⑧:お互いの山札がなくなるまで毎回これを繰り返す。
- ⑨:最後に倒したカードの星の数を合計し、多いほうの勝ち。
- ⑩:魔法や罠、装備カードが手札のなかにある場合、場に伏せて置くことができる。
- ⑪:場に伏せた魔法、罠、装備カードは戦闘中いつでも使うことができる。
- ⑫:一度使った魔法、罠、装備カードは捨て札になる。
- ⑬:一方が先に山札がなくなっても、もう一方の山札もなくなるまでゲームは続行される。
「戦闘を繰り返し、倒したモンスターのレベル合計が多い方の勝ち」というシンプルなルールです。一部のカードには「敵を捕獲し」などという意味不明なテキストも記載されており、さながらTRPGのような遊び方も出来るのが根強い人気の理由でしょう。
遊戯王OCGと比較すると「相手と同じ枚数のカードを用意する」という点から既に異なっており、現在開催されているオフ会やCSでは主催側がデッキの枚数を指定するのが通例、フリー対戦でも相手と枚数を合わせるべく大抵のプレイヤーはメインデッキ30枚+追加用サイドデッキ20枚程度でデッキを構築しています。
30枚ルール・40枚ルール・50枚ルールで戦略性が異なるため、30枚ルールで連勝したデッキでも、追加10枚で再戦すると対戦結果が全く異なる場合もしばしばです。
また、「お互いの山札がなくなるまでゲームを続行する」というルール上、妨害がなければ必ずエクゾディアは揃います。「武藤遊戯」を「真崎杏子」で使いまわしエクゾディアを揃える【優しさエクゾ】が環境トップたる所以ですね。
バンダイ版が発売されてから約20年、環境は未だ【優しさエクゾ】一色です。しかし、本当に一時期だけ、環境を席巻したデッキタイプがあります。
その名も【真崎杏子TOD】
デッキ名からして最悪です。今回はこのデッキがいかにして環境を破壊し、小学生を阿鼻叫喚地獄に叩き込んだのか、そして消えていったのか、その一部始終を語っていきたいと思います。
始まりは、群馬某所にあるジャスコ(現イオン)、そのおもちゃコーナーで行われたバンダイ版大会・中学生以上の部と言われています。
現在でこそ「昔あったパチモン」という印象が強いバンダイ版ですが、当時はカードダスに長蛇の列が出来るほどの人気がありました。
そんなコンテンツの人気に加え、大会の景品が直前にリリースされた英語版「青眼の白龍」だったこともあり、中学生のみならず高校生~社会人まで多くの人が抽選に参加していました。当時はメルカリやカードショップなどがなく、入手する手段が非常に少なかったからです。
なお、この大会では通常のルールに加え、以下のルールが追加されていました。
- シングル戦
- デッキは30枚で固定
- 相手がモンスターを出せなかった場合、その戦闘で出したモンスターのレベル分の得点を得る
- 通常の条件に加え「どちらかがカードを出せなくなる」もゲーム終了の条件とする
- エクゾパーツはそれぞれデッキに1枚まで
- 一試合の制限時間は20分
- 試合終了時にお互いの得点が同じ場合はじゃんけんで勝敗を決定する
- (制限時間終了時に対戦が決着していない場合、その時点で得点の多い方を勝利とする)
最後のルールに括弧がついている理由ですが、元々このルールは設定されていませんでした。シンプルなゲーム性のバンダイ版において、30枚ルールで20分を超えることはまずないからです。
参加者の一人が事前に確認を行い、トラブル防止のために設定されたと言われています。
当時の主流デッキは先述した【優しさエクゾ】です。
「武藤遊戯」が6点のカードであるため、基本的に得点差は大きく開いてしまいます。そのため、主流デッキでありながらも「シャーディ」*1などでエクゾディアの完成を阻止されるとほぼ勝ち筋が無くなるという大きな弱点がありました。
しかしながら当時のカードプールではこれ以上の戦術・勝ち筋を持つデッキを構築するのは難しいため、参加者のほぼ全員がこのデッキを使用していました。
一人を除いて。
一回戦、試合時間も15分を過ぎ、ほぼ全ての卓が対戦を終えた中、一組だけデッキが多く残った卓が発生していました。明らかに異常な進行速度です。
対戦を終えた参加者は卓を囲み、目の前で繰り広げられる異様な光景に絶句していたようです。
「『真崎杏子』特殊能力で自身墓地に送り『真崎杏子』蘇生します。では蘇生した『真崎杏子』の特殊能力で先程墓地へ送った『真崎杏子』蘇生します。では蘇生した……」
「真崎杏子」で「真崎杏子」を蘇生、蘇生した「真崎杏子」で再び「真崎杏子」を蘇生するだけのループを発生させていました。
対戦相手は「武藤遊戯」を含め大量の点数を献上しており、あとは試合時間終了を待つのみ。対戦相手の握られた拳に涙が落ちていたそうです。「優しさ」の意味を考えさせられますね。
そして20分が経過、判定により【真崎杏子TOD】の勝利となりました。
二回戦以降も同様のループにて勝利、ループの完成を認め途中で棄権する参加者も出てきました。
結果はそのまま優勝。恨めしそうな視線にも涼しい顔、彼は英語版の「青眼の白龍」をまんまと頂戴していきました。
そんな中、一部の参加者たちは「そのデッキを見せてほしい」と申し出ました。
戦術がバレている以上隠すメリットもないと判断したその参加者は、食事と引き換えにデッキを開示しました。
その結果【真崎杏子TOD】は初見殺しのように見えながら、
- 低レベルモンスターもバランス良く採用されており、モンスター同士の対戦で負けた場合でも失点が少ない
- 採用率100%の「武藤遊戯」を倒せば得点差で勝ててしまうので、エクゾデッキ以外にも有利に立ち回れる
- エクゾディアメタとして採用されていた「シャーディ」にも強い
と、制限時間のある大会環境では無類の強さを誇る、非常に強いデッキタイプであることが判明。得点で勝っている状態でループに入れば勝ちだからです。
これには参加者たちも舌を巻き、フードコートは拍手で包まれたそうです。
インターネットの発達していない時代であったにも関わらず、このデッキはあっという間に全国で流行しました。ジャスコやトイザらス、イトーヨーカドーのありとあらゆる大会で【真崎杏子TOD】が優勝、クリスマスにはサンタに真崎杏子をお願いする子も多かったそうです。当時はNINTENDO64の全盛期、「大乱闘スマッシュブラザーズ」を差し置いて「真崎杏子」がサンタにお願いされていたと言えばこの異常さがおわかりになるかと思います。
実際、12月になると全国のパパがカードダスに長蛇の列を成していました。「64よりマシ」ということで一万円以上で取引されていたこともあったそうです。
無論、最高レートが真崎杏子になったことは言うまでもなく、青眼の白龍ですら真崎杏子とは釣り合わないというのが当時の常識でした。所謂「鮫トレ」のカモにされるような小学生ですら、「青眼の白龍」と「真崎杏子」のトレードは拒否するレベルでした。
悲しいことにルール整備も無く、真崎杏子はひたすらに国内で猛威を奮っていました。
そんな中「得点で負けている状態でも制限時間ギリギリまでループを継続し、最後の戦闘で逆転する」という「杏子ブザービーター」という派生戦術が登場しました。
【真崎杏子TOD】は「自分が勝っている状態でのみ勝利できる」ループでしたが、「杏子ブザービーター」は「逆転出来る得点差であればループにより勝利できる」ので、得点管理の概念が生まれました。ブザービーターの着地点として絶対に戦闘に勝利する「闇遊戯」や、逆に相手に得点を与えない「本田ヒロト」の採用率がめまぐるしく変化、更にはループそのものに入らせないよう「いかにして得点差をつけるか」という最適化も行われ、【真崎杏子TOD】は構築・プレイングも要求される高度なデッキタイプへと変貌していきました。
イベントで真崎杏子の顔を見ない日はなく、おもちゃ売り場の角のスペースでは全ての卓が「優しさ」と連呼、遂には杏子の顔を見ただけで泣き出す小学生も現れ、小学校の道徳の授業では「優しさの意味を改めて考えましょう」と指導が入ったそうです。
PTAからの嘆願があったのか、流石に自分たちのイベントで子どもが泣き出すのは外聞が悪いと判断したのか、大会の主催者は「同名蘇生禁止」「制限:真崎杏子」のどちらかを採用するようになり【真崎杏子TOD】は消滅、再び【優しさエクゾ】の時代となりました。杏子の規制は原作の展開になぞらえ「国外追放」と揶揄されたりしていたそうです。
これが、バンダイ版史上最も害悪と呼ばれた【真崎杏子TOD】の終焉までの歴史です。
なお、現代でも「真崎杏子の同名蘇生の禁止」は暗黙の了解となっています。
お互いに「真崎杏子」を出した場合、「真崎杏子」を蘇生して相手の蘇生したモンスターを確認してから再度「真崎杏子」の効果を使うことが望ましいため、お互いに「『真崎杏子』を蘇生する」以外の選択肢がなくなってしまうからです。この辺は現役プレイヤーであればご存知かと思います。
約20年間更新されないカードプール、「お互いの山札がなくなるまでゲームを続行する」というルールに守られたエクゾディア……その反面、引きによる適度な運要素に加え伏せカードによる駆け引き、人物カードを切るタイミングなど、プレイヤーの実力が直に出ると嘯かれて久しいです。
主要なカードの殆どがストレージで手に入る今、是非皆さんもバンダイ版の世界に足を踏み入れてみてください。
なお私はやっていません。
※当記事はフィクションです。
*1:敗北時に相手の手札を確認し、次とその次の戦闘で出すカードを指定する