マジで最高の「映画」だった……。
正直なところ、公開前は不安半分だった。
理由はシンプルに「ウタの歌が7曲」に尽きる。
歌が登場する映画で言えばディズニー映画*1がまず有名なところで、このパターン(ミュージカル型)に関してはそもそも脚本上では歌う必然性があまり無い。但し「映画」に不要かと言われるとそういうわけではなく、アナ雪に「Let It Go」が無ければ物寂しいものになっていただろう。
では「ワンピースの映画」にそのパターンを当て嵌めて相乗効果が生まれるかと言われればそうではない。ワンピースはミュージカル要素を取り入れるには屋台骨が強すぎる。クルーも増え、協力者*2や敵キャラ*3、加えて赤髪海賊団の活躍も描くと考えるとどう考えてもミュージカル7曲*4をねじ込む隙間など生まれるはずもない。
その他、アニメ映画で歌が大量に使用された作品として個人的にイメージしていたのは「ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」があった。
この作品は作中の戦闘が「AR(拡張現実)ゲーム」として扱われており、NPCのユナが現れ歌を歌い始めると「ボーナス」がつく設定が存在した。あらゆるシーンに挿入歌を挟む理由を設定に盛り込むパターンだ。
しかしまあ、これは無いだろうなと思っていた。浅はかな話、ウタは「守られるもの」「ヒロイン」のような立ち位置だろうなと考えていたからだ。守られてる人間が呑気に歌うわけがない。
だからこそ、圧倒的な「説得力」にペコペコの実の土下座人間にならざるをえなかったのだ。
落ち着いて「FILM RED」を振り返ると、とにかくテンポが良かったな、という点に気付く。展開が早いだけではなく「密度」が濃いのだ。
先日地上波で放映された「STRONG WORLD」を引き合いに出すと「ナミが誘拐される」「シキとの戦闘」などを ”嵐” のシーンとすると、メルヴィユの原住民との交流のシーンなどは ”凪” のシーンと言える。身も蓋も無い言い方をすれば、大筋にはあまり影響の無い、無くてもある程度成立するシーンだ。
「FILM RED」はこの凪のシーンが殆ど無い。細分化すれば存在する*5が、導入→新時代ライブシーンからは常に「事態が動く」か「対応する」「戦闘シーン」で構成されている。緊迫感のあるシーンが常に続くし、ライブと戦闘を同時進行することで、ライブでありながら物語が止まることのないガトリング展開が完成している。戦闘シーンも「ウタのライブ」という要素が加わることで映像美としての完成度が上がっている点も見逃せない。
そして何より、脚本を前提に作られた挿入歌が「FILM RED」という作品の強度を圧倒的に高めている。
主題歌である「新時代」で本作は始まるが、この「新時代」こそがウタウタの実の発動トリガーであり、まさしく「ウタが思い描いた新時代」の始まりとなっている。「FLM RED」の売りの一つはAdo氏の歌であり、主題歌(のライブシーン)を冒頭に持ってくるのは至極当然――と思いきや、物語の殆どがウタウタの世界で進行する以上、「新時代」は冒頭に持ってくるしかない。物語としての必然性がそこにある。
さぁ、怖くはない 不安はない 私の夢はみんなの願い
歌唄えば ココロ晴れる 大丈夫よ 私は最強
海賊を打ち倒すシーン故に初見では「自分の強さを誇る」「自分がいるから海賊に怯える必要は無い」という観客への鼓舞のように聴こえるが、その実は「新世界」に足を踏み入れたファンへのメッセージとなっている「私は最強」、
もう眠くはないや ないやないや
もう悲しくないさ ないさないさ
もつれてしまった心は 解っている今でも
ほつれてしまった 言葉が焦っている
ネズキノコの凶暴性を垣間見せる強力無比な映像の強さ、物語の根幹をこれでもかと詰め込んだ「逆光」と、鑑賞中と鑑賞後で挿入歌の見え方(聴き方?)が大きく変わる。
「ウタカタララバイ」はポップでトリッキーな曲調に仕上げることにより、海軍を手玉に取る演出に一役買っている。「一般人を操り海軍のヘッドフォンを外す」という一見すると可笑しな戦闘シーン*6に合わせた曲は、シーンを想定して曲が作られていることを物語っている。というかされている。
――各アーティストへのオーダーは監督から出されたとのことですが、どのようにお願いしていったのですか?
まず黒岩さんには、脚本を書く段階で「場合によっては簡単な歌詞とか書き込んでくれてもいいですよ」と伝えていたんです。脚本的に、そこで必要とされる歌詞の内容があったりもしますから。その後、脚本を詰めていく過程で、この辺りで1曲、この辺りで1曲と、フィルム全体における曲の場所というかプランニングを黒岩さんと行いました。それによって、どういうシチュエーションで歌が流れるのかを明確にして、そこから曲のイメージを具体的に言語化したオーダーメモを書いたんです。こういったフレーズが欲しいとか、テンポ感はこれくらい、編成はこれくらいでお願いしたい……というおのを、それぞれのアーティストさんに伝えました。
ONE PIECE FILM RED パンフレット 監督インタビュー
つまり、豪華アーティストに曲を依頼! 7曲! 映画の劇中で流すぞ! さあ脚本だ! という曲先行の作品ではなく、あくまで「歌姫」という設定があり、脚本が作られ、そこに合わせる形で得意なアーティストに依頼した、なんとも贅沢な作品なのだ。
正直なところ、賛否両論になるのもまあわかる。
ある程度はミュージカル映画であるし、例えば赤髪海賊団の出番や、物語の結末など、何を求めてきたかや好き嫌いによって評価が分かれる作品なのは間違いない。
ただ、間違いなく、「FILM RED」は「歌姫」という設定からスタートし、各クリエイターが全力を尽くした結果、圧倒的な密度を成立させた、最高の映像作品だった。